地域劇場文化の再構築
        〜金沢・浅野川界隈の芝居小屋に学ぶ〜


 江戸初期、金沢市尾張町(旧下新町)は加賀藩政下の経済の中心地として栄え、浅野川両岸を取り巻く界隈には遊郭があり、芝居小屋が庶民の熱気を集めていました。しかしその芝居小屋での興行は町民の心を扇動するものとして藩政から弾圧を受けながら根強く再建を繰り返し、桜馬場芝居を経て「戒座(東山)」、住吉座を経て「稲荷座(並木町)」、「新富座(旧下新町)」などの芝居小屋では盛んに芝居興行が行われていました。

 稲荷座はその後「尾山座」を経て「尾山倶楽部」と改称され歌舞伎興行が盛んに行われたり、3階にダンスホールが開業されたり、金沢陸軍病院に在院する軍人を招いて宝塚少女歌劇団による慰問公演や政治団体の決起集会などが催されたそうで、昭和25年からは洋画中心の映画館「北国シネラマ会館・北国第一劇場」として、昭和50年の閉館に至るまでの78年間、多くのファンを魅了して来ました。旧下新町の寄席「一九席」は尾張町森八さんの向かいへ移転され、私達朗読小屋浅野川倶楽部のお隣和田歯科医院さんの地には、寄席の「いろは座」を経て改築された「第四福助座」があって、阪東鶴之助ほか嵐冠十郎一座らによるこけら落とし興行が行われました。

 泉鏡花の秀作「照葉狂言」では、鏡花少年なる母を亡くした少年貢(みつぎ)が、「木戸には櫻の造花を廂にさして、枝々に、赤きと、白きと、數あまた小提灯に、「て。」「り。」「は。」と一つひとつ染め抜きたるを、夥しく釣して懸け、夕暮には皆灯すなりけり。」という芝居小屋へ通っています。貢は不幸に見舞われたのち、その小屋の女役者小親に引き取られ旅役者として生きることになり、物語終盤には一座と故郷を棄てて蒸発してしまいます。

 連想するならば、芝居小屋の提灯に染められた「て。り。は。」という文字は、鏡花生家そばにあった第四福助座の前身いろは座の「い。ろ。は。」の提灯であったかも知れません。福助座は既に第一、二、三が開場しており、第一は香林坊の映画館街付近、第二は小松市、第三は富山に開場していました。日本の高度経済成長期以降から、県庁、市庁舎や民間企業などが現在の広坂、片町、香林坊、南町へ重心を移し繁華街として賑わうようになり、浅野川界隈の劇場文化は大きく衰退して行きました。

 古の芝居小屋の周辺には芝居見物には欠かせない料理屋や芝居茶屋があり大変な賑わいを見せていました。ヨーロッパの劇場や日本の都心の劇場周辺にもカフェやレストランが多くあり、場内の一画にバーを設けている劇場もあります。劇場を訪れる観客は上演待ちの時間や終演後の歓談を楽しみます。そんな大人の嗜みの時間を含め、公演のない日でも劇場周辺で過す方が多くいます、と言うより、人が集まる繁華街は劇場を中心として栄えている為、地域の人々の日常生活と劇場は一体となっていると言えます。

 不特定多数の他者と肩を並べて同じ空間で同じ感動を共有出来る劇場文化は、人々の生活を豊かなものにするだけではなく、その地域を優れた文化地域として発展させて行くのです。ことに未来志向で駆け上がり全世界にテレビが普及されホームシアターが確立されている現代では、家族や恋人や友人と共有する感動や喜びがあるのですが、不特定多数の人々と一体となって感動を共有することが出来ません。かつて人々で賑わっていた映画館は次々と消え行きました。

 民主主義国家日本に生きる現代人は慌ただしい日々を送っています。ホームシアターは、現代人の生活スタイルに合わせた情報と娯楽を効率的に提供しています。現代は不特定多数の他者との心の交流が希薄となっていますが、かつての劇場文化にあったように、劇場が現代人の心と心を繋いでくれる役割を果たせるなら素晴らしいことと思います。

 私達の朗読小屋は築100年以上と言われている古小屋で、屋根裏には昔うどん屋であったころの道具が厚い埃の下に眠っています。朗読小屋は古小屋の2階部分に構え、劇場の階下にはレトロな喫茶店とたこ焼き屋が営業しています。そんな古い古い小屋で、私達は文学作品の朗読稽古と朗読公演を行い、公演時に販売される公演チケットの半券を、数百円の金券として浅野川界隈の店舗で利用できるよう界隈の店舗の方々にご賛同頂き、金沢市文化施設12施設では入場券と引き替える事が出来るよう(財)金沢文化振興財団と連携させて頂いています。古き浅野川界隈の芝居小屋が担った地域経済と連動する劇場文化の再構築に向けて活動を続けています。

 
     
 
平成21年10月
表川なおき
 
 
   
 
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