朗読で綴る金沢文学 千秋楽 月組 4月2日(日)14:00 | |||||||
室生犀星作
抒情小曲集より
「小景異情」 雑誌「ザンボア」(大正2年) 「ふるさとは遠きにありて思ふもの・・・」 |
|||||||
その一 平野久美子 |
その二 菊川豊子 |
その四 伊藤宏美 |
|||||
その五 寺田孝枝 |
その六 志牟田敬子 |
その二 山下幸子 |
|||||
室生犀星作 「蝿と蟻との話」 「蘇った蝿 〜蝿と蟻との話その二〜」 「小学男生」4-3(大正11年3月) 『室生犀星童話全集三』 (創林社刊)収録 |
ト書き 菊川豊子 「蝿は枯れ葉の裏に動かずに、じっとしている。冬晴れの暖かい日・・・。」 |
ト書き 平野久美子 「ニ三日後のある寒い晩、星と霜とがかわるがわる光っている・・・。」 |
||
蝿 「暖かい。ひるまは実際あったかくて有難い。」 |
|
||
ト書き 伊藤宏美 「そのとき雪しずかに降る。寂しく、かぎりなく白く地を埋める・・・。」 |
ト書き 山下幸子 「三月ごろの静かな午後。暖かく柔かい日光が地上をあたためている・・・。」 |
||
蟻の友達 志牟田敬子 「可哀想だが、そのままにして置くのはもったいない。」 |
|||
徳田秋聲作 「感傷的の事」 雑誌「人間」(大正10年1月) |
|||
平野久美子 「彼女の生涯に取つて、どんなに大切であつたのか知れない其の十年が、ちょつとした私の気のそれ方で、私のために全然夢のやうに過ぎてしまつたのであつた。」 |
|||
菊川豊子 「そして其等の嶮しい海岸線をのろのろ脱けると、やがていくらか広広した平野へ出て来た。汽車は急速力で暗のなかを走つた。懐かしい駅の名を呼ぶ駅夫の声が、私の疲れた耳に不思議な響きを与へた。そんな駅の名をさへ私はすつかり忘れ果てていたことに気がついたのであつた。」 |
|||
「彼女は一つはその不運な孫娘のために、一つは深い遠慮のために、西の方にいる私の兄の家へも、東にいる私の家へも寄つてこないのであつた。丑歳に産れた彼女は、古い言伝へに囚はれて、子供たちの生活のなかへ入つて行くことを避けてゐたのか、それとも先天的孤独の運命に産れついていたのか、それは私にも判然しなかつた。」 | |||
伊藤宏美 「一体いくつだらう。」私は今まで一度も知らうとしたことのない彼女の年をきいたが、やつぱり不安であつた。「もう七十四や。」姉はパセチツクな表情をして、微声で答へた。私はそんな事も一向知らずにいたのであつた。「彼女を自分の後に残しては遣切れない。」私はさう思ひ続けながらも、長い長い前途がまだ彼女に横たはつているやうな気休めを自分で強いて感じていた。 |
|||
寺田孝枝 「総てまだしみじみ味つたことのない、この町の色々の享楽世界を、私は窺ふのに忙しかつた。幼時住みなじんだ家屋敷の迹をも弔はなければならなかつた。うかうかとした日が、直に十日二十日と過ぎて行くのであつた。」 |
|||
志牟田敬子 勿論彼女は何事にも、昔からくよくよしない方であつた。上の姉や、兄の妻や、生活に心を煩はされがちな人たちの気持が、彼女には不思議に思はれた。それに愛するおかよの教育を完成するためには、彼女はまだ長い将来を生きなければならなかつた。弱くなりがちな老いた心を、彼女は引立て引立てしていた。「可哀そうな母よ。」と私は思つた。 |
|||
山下幸子 「其が生きた彼女を見た私の最後であつた。」 |
|||
泉鏡花原作「義血侠血」より 「滝の白糸」 「義血侠血」讀賣新聞(明治27年11月) 前代未聞、52名の部員による滝の白糸の公演!詳細は白糸ページまで飛びます、飛びます! |
|||
この日は千秋楽のため、大入満員が予想され、急きょ星組メンバーを招集!ひろ子、としこさん。 |
受付係は、雪組みえこさん、吉野真季子さん、星組つがこさん、あきこさん。お客様への応対に頑張りました。 |
||
にこやかに会場整理を行う星組としこさん。「携帯電話オフにしてね♪」と声かけたり。 |
鏡花劇場、竹原慶子。4月1・2日と会場係、玄関外受付を努め、翌日風邪をひかせてしまいました。すまない(まちこ曰) |
||
|
|
||
7日間の総客数は想定外の455名ぃ!やったね、やったね\(^o^)/ |
||||
月組さん、おつかれさまでした! |
||
星組、公演スタッフ、月組のみんなと記念撮影!おつかれ! |
||
4月2日千秋楽を終えてほっと一息。 |
||
私達、旅に出かけます・・・。 |
||