徳田秋聲作「白い女」  
 
解説 徳田秋聲記念館 学芸員 大木志門
 
     
 

 リアリズムの作家・徳田秋聲と怪異譚とは一見縁遠く思われる。だが柳田国男『山の人生』(大正15年)に収められた、秋聲からの聞き書きはどうであろう。秋聲の幼少期、隣家の青年が徳田家と境の柿の木の下に下駄を脱いだまま神隠しに遇い、総出で探しているうち、不意に天井裏に物が落ちる音がして戻ってきたという。意外というべきか、はたまた当然というべきか、同郷の泉鏡花同様、秋聲もまた北陸の民間伝承豊かな土壌から血肉を得た作家なのである。

 この秋聲の描いた怪異譚というべき作品『白い女』は、明治42年(1909)7月の雑誌『活動』に発表された。近年の全集の完備によって発見された秋聲の知られざる一編である。作家の「私」が房州の港町で出会う肌の透きとおるような「白い女」、孤独と信仰に苦しむ彼女の死を暗示する不思議な夢。いわばこの世の不思議を探求するのが信条のはずの秋聲の筆は、あたかも鏡花文学の如く、あの世の不思議に触れている。この作風の異質さから、あるいは秋聲が紅葉門下の時代から多く手がけてきた翻案小説の系譜に連なる一編かとも想像されるが(原典に心当たりのある方はご教示願いたい)、これもまた奥深い秋聲文学の一側面としてお楽しみいただきたい。

 
     

 
 
 
  濱口國雄作「犯罪人」「飢」  
 
解説 井崎外枝子
 
 


 
  濱口國雄(1920〜1976)

――戦争が濱口國雄という詩人をうんだ。僕をそだててくれたのは国鉄詩人連盟の運動であった。(第1詩集『最後の箱』のあとがき)
――敗戦が僕の人生のあゆみを変えてしまいました。僕は、敗戦まで文学にはまったく縁のない人間でした。恥ずかしい話ですが、葉書一枚ろくに書けぬ人間でした。(第2詩集『飢』あとがき)
――戦争は、今日も、わたしの内部で、人を殺し、血を流し続けているのである。(第3詩集『地獄の話』あとがき)
――私は今、穴をあけるキリの最先端の部分でありたい。キリの先端は危険です。危険ですが先端がなまっていては穴があきません。
(1973年 私鉄文学集団総会記念講演)

 どこをどうとってきても極めてテンションの高い濱口國雄の言葉である。没後30年、戦後60年をへた今、これらの言葉は遠のくどころか、日々身近に迫ってくる。濱口國雄の仕事を見直さなければという機運が高まってきた矢先、こうして多くの方によって“濱さん”の詩が読まれるのは、まことに心強いかぎり。まして8月15日、この日が近づいてくると、濱さんは、敗走と飢えと死にさらされた西部ニューギニアの密林地帯を思い出し、心がうずくといい続けたその日をはさむようにして、「飢」と「犯罪人」という二つの戦争詩が読まれるというのは、なんとも不思議なご縁ではなかろうか。

[濱口國雄 略歴]
 大正9年、福井県生まれ。3歳の時、村の大火に合い一家は北朝鮮に移住。16歳で南満州鉄道に就職。20歳で入隊。中国、フィリッピン、ニューギニアなど激戦地を転戦。復員後、国鉄に入社。それを機に詩を書き始める。国鉄詩人賞など数多くの賞を受賞。中でも「便所掃除」の詩は有名。職場の詩、戦争体験の詩を中心に最後まで書き続けた。
 詩集に定本『濱口國雄詩集』、日本現代詩文庫『濱口國雄詩集』(いずれも土曜美術社刊)。

 
     

 
 
 
 
 
 
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制作 表川なおき
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